短編小説ー五月の朝ー

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奇稿
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私は塞ぎ込んでいた。

甘ったるいほどに向けられた私への眼差しは

気づけば姿を消し、以来わたしに向くことはない。

 

なんとなく、それは雰囲気でわかっていた。

あなたではなく、暗雲とした彼がそばにいたからだ。

 

いまだ未練の残るわたしに、彼は一杯の水をくれる。

「ほどほどにしなよ」

私を諭すように、消えたあなたに代わって私に寄り添う。

 

暗雲とした彼がいるとき、決まってあなたはいない。

最近は彼が居座り続けて、私を嗜めてばかり。

 

「もう少し休んだほうがいいよ」

「無理したっていい結果にはならないよ」

「僕がいる限り大丈夫だから」

 

待てど暮らせど姿を見せないあなたを他所に、私はその言葉に甘え。

気づけば心身共に私を侵食した。

 

そばにいる時間が長いほど、私が求めていた存在は彼なのでは、と。

 

けれど暗雲とした彼の言葉は次第に気怠くなってきた。

満たされてなお繰り返される呪文のような言葉に、いつしか私は何も感じなくなった。

気づかぬうちに見切りをつけ、違う方向に進んでいた。

 

私は彼に別れ話をする。

 

けれど彼は聞いてくれなかった。

一方的に来ては甘い言葉と、一杯の水を置いていく。

 

飽和した甘い言葉と水では酔えず、嫌悪と吐き気が込み上げる。

疲弊していく私がいた。

 

そんな私を観て、彼は激情した。

 

私はうんざりした素直な言葉を伝える。

「五月蠅いなぁ」

と。

 

それを口にしたとき、彼が悪魔になった。

私の友を二つに割き、火をつけたのだ。

 

私も同じ道を辿るのだろうか。

恐怖を目の前に、彼に抗えない自分がいた。

 

私にとって彼は、とどのつまり必要な存在なのではないかと、半ば強制的でも感じる自分がいた。

 

・・・

 

暗雲とした彼がいるにも関わらず、よく私にちょっかいをかけてくるのは通りすがりのシャイな彼。

彼は私にそっと触れて姿も見せずに去ってゆく。

 

私が望むタイミングを知るかのように、完璧な彼の行動は疲れ果てた私に安息をもたらす。

寄り添う上で、とても心地がいい彼が好きだ。

 

しかし時には彼と喧嘩をする。

 

彼は一度怒ると止められず、猟奇的に私の首をもごうとする。

そのときばかりは、私も死を覚悟する。

 

なんせいつ終わるかわからない。

2日なのか、3日なのか。

それでも私は耐え続け、一つの答えに行き着く。

 

彼は本気で私を殺めようとはしていない。

気が済んだらそっと私に触れる、彼に戻る。

私は単に彼の機嫌が悪かったのだと思い、全てを許す。

 

そうすることで私は寛大な自分に酔い、胸中には優しい彼だけが残った。

首をもぐかもしれない彼と再び会える日を、心待ちにしている自分がいた。

 

・・・

 

暫くすると「無」の彼が現れた。

全てを包み込んでくれる彼はとても心地がいい。

塞ぎ込むわたしを気にかけ、なにも聞かないで寄り添ってくれる。

 

その姿は暗雲とした彼以上であり、私を見透かすような彼の存在に身を預けた。

私も彼を包もうと必死で手を伸ばすけれど、その手が彼に届くことはない。

それでも互いに同じ思いであることに、満たされる感覚を覚えた。

 

けれどあまりの静寂に不安がよぎることもある。

 

はたして私は本当に包まれているのか。

いつまで続くのか。

彼はなにを思うのか。

 

今日も私は自問自答を繰り返す。

そして巡る思考にふける頃、闇の彼は姿を消し、あなたが顔を出す。

 

・・・

 

私はあなたを待っていた。

身も心も大きく広げ、あなたに全てを委ねる。

どの彼とも比較にならないほどの幸福感が私を支配する。

 

私はこのために生まれてきた。

温かい陽に包まれ満たされる私は、確かに永遠と錯覚する幸せを掴んだ。

 

あなたの光はその時が来るまで私を包み続けた。

あなたが居ればそれでいいのに。

 

その思いとは裏腹に、時が来ればあなたはあっさりしている。

なんの未練もないように、わたしを手放す。

 

いっそ清々しいほどに分別された私は。

 

また塞ぎ込み、あなたの気を惹こうとする。

そうすることでしかあなたに思いを伝える術がない。

 

少しの間もなくあなたが去れば、また彼らが顔を見せる。

 

私はぽっかりと空いた穴を埋めるように。

彼らをまた愛し、多くの水と、日々の静寂と、優しい感触を享受するのだろう。

そして在らん限り背伸びをして、あなたと再会する日を待つ。

 

 

私はアサガオ。

うねる思いを空へと伸ばす。

あなたにだけ笑顔を見せる、素直な私。

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